インタビュー記事 2018.10.1

映画を超えた映画『飢えたライオン』緒方貴臣監督インタビュー

緒方映画のココがスゴイ!
映画を単なる物語で終わらせない非情なまでのリアリティの追求

リアリティの追求手法①:音楽を入れない

そして、見せない演出だけでなく、僕が緒方さんの映画を凄いと思ったのは、映画を単なる物語にしないというか。映画を作り物だと感じさせないぐらい、とことんリアリティを追求されているんですよね。そしてそれを実現する手法として、まず挙げられるのが、音楽を入れないというやり方。

そうですね、僕の映画に音楽は入りませんね。

一番衝撃的だったのは、瞳ちゃんが襲われてしまった後の、車の中のシーン。
ただ車は走っているだけ、無音(車の音だけ)の車の中のショットが結構な長い尺で流れます。
あれを見た瞬間に、「うわ〜、この映画は、映画を超えてしまった」と思いました。まさに自分の中で過去あった悲しい事が起きた後のあの瞬間に感じた事が走馬灯のように蘇るというか、あのショットに強烈な共感を覚えました。

一般的な映画であれば、あそこで何か感傷に浸るような音楽を流すと思うんです。若しくは世の中のハッピーな光景を映像として見せる事によって、その落差で悲しみを表現したりとか。でもそれって、なんだか嘘っぽいですよね。無言でただ車が走っているだけの映像をいつまで続くかわかないんぐらい長く入れる方が、一番ショッキングじゃないかなと思って。

また、あの尺が長めなのがいいんですよね。実際に自分に酷い事が起こってしまったとしても、恐ろしい事に現実は淡々と続いていくじゃないですか。それを見事に表現されているなあと心を打たれました。

そこを言われたのは、はじめてかもしれませんね。何もない情報が少ないシーンを実は尺として長めにとっているんです、この映画は。
敢えて長くしているんです。そこで色々と考えて頂きたいというか、観客の皆さんが、想像出来るようには作っています。

リアリティの追求手法②:映画をクライマックスで終わらずに現実へ引き戻す

あともう一つ特筆すべきなのは、映画の終盤に瞳ちゃんがああいう形になって、その後色々と周りがざわつくんですが、この映画は、そこでは終わらないんですよね。そこからまた何もなかったように普通の現実に戻る事の残酷さをきちんと描いている。家の空絵を見たときは、特に胸にグサッときました。あそこまできちんと描こうというのは、脚本段階から決められていたんですか?

最初に描き始めたときは、実はそこまで考えてはいなかったんです。2部構成にしようと思っていて、はじめアイディアとして思い浮かんだのは、実像パートと、虚像パートって考えていたんです。実際の主人公と、その主人公無しで周囲で広がっていく虚像のイメージと、でもそれだと後半何か物足りないなあと。

なるほど。

©2017 The Hungry Lion

最近、社会的に誰かをいじめるっていうのは光景としてよくあるんですけれども、そのターゲット・生贄って、飽きたら次、飽きたら次って、いっぱい見るわけじゃないですか。すぐ忘れられるから。そういう所まで描いたら、より今の社会を表現出来るかなって思って、あのシーンを入れましたね。

▶︎▶︎▶︎NEXTーそもそも映画を観るとはどんな事なのか?そこにも迫った衝撃作

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